フィギュアスケート女子で、ゴールドメダルを勝ち取ったアリサ・リュウ選手。
とてもかわいい笑顔と、優しいしぐさ。
どんな家庭で育ったのだろうと気になり調べてみました。
アリサ・リュウ選手の家族。まず目に入るのは少し不思議な家族の形です。
5人きょうだい、父は元民主化運動のリーダー、そして代理母出産という言葉まで出てきます。
最初は「どういう家族なんだろう」と戸惑います。。
でも、その背景には、父アーサー氏の「家族をつくりたい」という強い願いと、「子どもたちを守り抜こ うとする深い愛情があることがわかります。
アリサ・リュウ選手はその思いをまっすぐに受け止め、どんな環境でも前向きに努力し、自分の人生を切り開いてきた人です。
家族の形はひとつではないこと、そして愛情が人を強くすることを、この家族の歩みが教えてくれます。
1.アリサ・リュウ 家族の基本情報と生い立ち
アリサ・リュウ選手は、5人きょうだいの長女としてカリフォルニア州リッチモンドで育ちました。
にぎやかで温かい家庭の中で過ごした日々が、彼女の明るさや人懐っこさ、そしてリンクで見せる伸びやかな表現力につながっていると感じられます。
1-① 5人きょうだいの長女として育ったアリサ
アリサ・リュウ選手には2歳下の妹セリナと、4歳下の三つ子のジュリア・ジョシュア・ジャスティンがいます。
アリサ・リュウ選手は幼少時代をこう振り返っています。
「幼い頃は、3段ベッドが並ぶ同じ部屋で寝て本当に楽しかった。夜遅くまで起きてベッドの上を這い回ったり。正直、あの頃が少し懐かしい」。
また、冗談めかして「きょうだいは制御不能な4匹のペットみたい」と語ることもありました。
さらに、「彼らは常に新鮮で新しい感覚を保たせてくれる」「心から愛している」「誰も本気で怒らないし、喧嘩もほとんどしない。ありのままの自分でいられる」
と、きょうだいへの深い愛情を語っています。
5人は、卵子提供と代理母出産による異母きょうだいではありますが、アリサ・リュウ選手の笑顔、そして金メダルの原動力は家族の存在にあったようです。
1-② 幼少期のにぎやかな大家族とのエピソード
父アーサーさんは弁護士として多忙で、早朝から仕事と送迎に追われる日々でした。
そのため、祖母や友人たちが下のきょうだいの送り迎えや食事、寝かしつけを手伝い、家族全体で子育てを支える環境が自然にできあがっていました。
血縁にとらわれず多くの大人が関わる環境は、アリサ選手にとって安心できる“もうひとつの家族”のような存在だったといえます。
2.アリサ・リュウ 家族の中心となった父・アーサーの人生
アーサーさんは中国・四川省の山村で育ち、1989年の天安門事件で民主化運動に関わったため、 中国当局の弾圧を恐れて米国へ政治亡命しました。
米国で苦学の末に弁護士資格を取得し、現在は弁護士事務所を構え成功を収めています。
元妻ヤン・チンシン(Yan Qingxin)さんとは離婚後も関係は良好で、ヤン氏は子どもたちの「母親代わり」として育児を支えました。
アーサー氏は「ただ子どもが欲しかった。アメリカではそれが可能だった」と語り、伝統的な結婚に縛られず、多文化的な絆を優先したとされています。
こうした強い思いから卵子提供と代理母出産を選び,5人の子どもを育てました。
3.アリサ・リュウ 家族を襲った“監視・スパイ事件”の衝撃
北京五輪前には、家族が中国当局の監視対象になる可能性があるとFBIから警告を受け、米政府が警護態勢を取る事態になりました。
さらに五輪前には親子でパスポート詐欺被害に遭いそうになったこともあります。
2021年11月、米国五輪委員会の役員を名乗る男からパスポート情報を聞かれましたが、不審に思ったアーサー氏が拒否し難を逃れました。
大会期間中は安全確保のためボディーガードを帯同し、緊張感の中での出場となりました。
五輪後にはスパイ工作の存在が公にされ、家族が危険にさらされていたことが明らかになります。
こうした事情も重なり、北京五輪後のアリサ・リュウ選手の引退には、精神的負担が影響したのではないかと臆測されました。
4.アリサ・リュウ と家族が選んだ“家族の形
母親という存在は、アリサ・リュウ選手にとって少し特別な形をしています。
生物学的な母親は匿名の卵子提供者で、妊娠と出産を担ったのは代理母でした。
さらに、父の元妻ヤンさんが母親代わりとして寄り添い、血縁にとらわれない温かい関係が築かれてきました。
初めてこの事実を知ると驚く人も多いかもしれません。
しかし、アーサーさんがこの方法を選んだ背景には、「結婚の有無に関係なく家族を持ちたい」という強い願いと、子どもたちを大切に育てたいという揺るぎない思いがありました。
アリサ選手は幼い頃から出生の経緯を知っており、きょうだいの中で自分だけ目の色が違うことに気づ いたとき、父から丁寧に説明を受けたといいます。驚きよりも自然に受け止められたのは、家族の中に “愛されている確信”があったからでしょう。
世の中には、結婚して子どもが生まれても責任を放棄する人もいます。
そんな現実を知っているからこそ、アーサーさんの「自分が選んだ方法で家族をつくり、責任を持って育てる」という姿勢は、むしろ深い愛情の形に見えてきます。
アリサ選手もまた、その思いをまっすぐに受け止め、特殊な背景を理由に悲観することなく、自分の人生を力強く歩んできました。
アリサ・リュウ選手は現在、UCLAで心理学を学んでいます。
人の気持ちや行動を深く理解しようとする学びは、彼女の演技にも自然に重なっているように感じられます。
フィギュアではあまり選ばれない楽曲を取り入れたり、個性的な衣装やヘアスタイルを選んだりする姿には、「自分はどう表現したいのか」「観客に何を感じてほしいのか」という静かな意志が見えます。
競技だけでなく、学びの中から広がる新しい視点が、アリサ選手の表現にそっと深みを与えているのかもしれません。
5.アリサ・リュウ 家族の絆が生んだ金メダル
アリサ・リュウ選手はカリフォルニア州クローヴィス生まれ。
5歳でスケートを始め、12歳でトリプルアクセルに成功、13歳で全米選手権を制し「天才少女」と呼ばれました。
父アーサー氏は娘の才能を見抜くと、世界中のトップコーチを探し、日本にも指導者を探しに来たことがあります。
振付・音楽・練習量・食事まで徹底管理され、アリサ選手は「13歳、14歳の頃は毎日練習していた。仕事だったわ。正直、重荷だった」と語っています。
しかし現在の父娘関係は良好で、アリサ・リュウ選手は父への感謝を語っています。
引退後に再びスケート靴を履いたとき、彼女は「今度は自分の意思で選ぶ」と宣言し、家族の応援を力に競技へ戻りました。
ミラノ五輪では、きょうだい4人全員が会場に集まり、アリサ・リュウ選手の演技を初めて生で見守りました。
アリサ選手は「ありのままの自分でいられる存在」と家族を語り、その絆が金メダルにつながったことを素直に喜んでいます。
6.まとめ|アリサ・リュウ 家族が教えてくれる“強さと優しさ”
アリサ・リュウ選手の家族には、一般的な家庭とは違う背景がいくつもあります。
それでも、家族の中心にいる父はいつも「子どもを守りたい」「家族をつくりたい」という強い思いがありました。
アリサ・リュウ選手はその思いをまっすぐに受け止め、どんな環境でも前向きに努力し、自分の人生を切り開いてきた人です。
この家族の歩みを知るほどに、アリサ・リュウ選手をこれからも明るい気持ちで応援したくなります。
望まれて生まれてきた子どもたちの強さと優しさが、心に残る家族でした。


コメント