春の足音に誘われて。六角堂「御幸桜」の下見へ
現在の六角堂の開花状況は「蕾」。見頃は3月21日(土)からの3連休になりそうです。
一昨日、街中へ出かけたついでに、少し気の早い桜の様子を見に六角堂(頂法寺)へ足を延ばしてきました。
最寄りの烏丸御池駅に降り立つと、月曜日にもかかわらずいつもより多めの賑わい。
混雑を避けて新風館の通路を抜け地上に出ると、御池通りには春の行楽シーズンの始まりを楽しむ人々が目立ちます。そのまま六角通りへ入り、いつものように境内へ。
御手水舎で清め、まずは本堂で日頃の感謝をお伝えしてから、境内をゆっくりと巡ります。
左手のお地蔵様たちが並ぶ一角では、頭上の桜がぽつぽつと綻び始めていました。
満開になれば、お地蔵様たちが柔らかな「桜のシャワー」を浴びるような、私の大好きな光景が見られる場所。
この日はまだ5輪ほどでしたが、心の中では「開花宣言!」と呟きたくなるような愛らしさです。
池坊会館からの活気を感じつつ、裏手へ回ると白鳥が迎えてくれます。
日陰になる裏手の大きな桜や、十六羅漢さんのそばにある枝垂れ桜は、まだ蕾が固く、見頃は今週末の3連休になりそうな気配。
「また来週、会いに来よう」。 そう心に決めて、最後にお不動様へご挨拶をして、この日の下見を終えました。
浅草から比叡山、そして京都へ。私を導いてくれた不思議なご縁
私は決して、特別な修行を積んだ敬虔な信徒というわけではありません。
けれど、振り返ればいつも、仏様との不思議なご縁に導かれてきたように思います。
初めて六角堂を訪れたのは、仕事の出張帰りでした。オフィス街の真ん中、スタバの裏手からひょいと境内へ繋がる不思議な立地。
「いけばな発祥の地」である池坊の建物とも隣接するその姿に驚きましたが、調べてみれば西暦587年創建という、気の遠くなるような歴史を持つ古刹(こさつ)でした。
思えば子供の頃、母が浅草からいただいてきた小さな観音像を大切に拝んでいました。
教わった通り、毎日10回ご真言を唱えるのが私の日課。それが仏様との最初の記憶です。
その後、嫁ぎ先の宗旨を通じて手を合わせる尊さを学び、実父の命日が「お不動様の縁日」である28日になったことで、その想いはさらに強まりました。
護摩木を焚き、心願がある時には観音経を写経する。
そんな時間を持つことが、いつしか私自身の支えになっていったのです。
父の眠る場所として、どんな宗旨でも温かく受け入れてくださった比叡山とのご縁も重なり、今ではお不動様への帰依も深まりました。
私の信心は、ご縁が結んでくれた「私なりの形」。
ここ六角堂には、母との記憶に繋がる観音様も、父との縁を感じるお不動様もいらっしゃいます。
だからこそ、ここへ来ると、まるで「実家」に帰ったような、えも言われぬ安らぎを感じるのかもしれません。
3. 月曜日の賑わいもまた、日常の風景
観光客で溢れ、バスの遅延など日常生活さえ脅かされることもある昨今の京都。
そんな喧騒の中にありながら、地下鉄一本でアクセスでき、仕事場のすぐそばにある六角堂は、私にとってふらりと立ち寄れる「実家」のような場所です(聖徳太子様に叱られてしまうかもしれませんが)。
この日は月曜日でしたが、境内は池坊のお稽古に通われる方々で華やいでいました。
ここでのお稽古はやはり特別なのでしょうか。心なしか、皆様いつもよりおめかしをされているようで、その凛とした姿が境内の空気をいっそう清々しく変えていました。
混雑のない時には、社務所前のベンチに腰を下ろして枝垂れ桜を眺めたり、いただいたばかりの御朱印を、備え付けのドライヤーで丁寧に乾かしたり……。
そんな風に気取らず、ゆったりと過ごせる時間もまた、ここを「実家」と感じる理由の一つです。
京都という街には、時にほろ苦い想い出やトラウマを感じる場面もありますが、六角堂だけは、いつ訪れても私を温かく、そのままの姿で受け入れてくれる気がしています。
洛陽三十三所巡礼で気づいた、私なりの「六角堂のご利益」
かつて、背伸びをして始めた「西国三十三所」の巡礼。けれど、その道のりの険しさに少し足が止まってしまった時期がありました。
そんな時、ふとしたご縁で出会ったのが、今の私にちょうどいい歩幅で寄り添ってくれる「洛陽三十三所巡礼」でした。
ここ六角堂はその第十八番札所。
かつて仕事帰りに偶然立ち寄ったこの場所が、今では職場のすぐそばという日常の風景になり、巡礼の拠点となっていることに不思議な運命を感じます。
一般的に六角堂のご利益といえば、本堂横の「縁結びの柳」が有名です。
また、御本尊の如意輪観音様は、私たちの願いを意のままに叶え、苦しみを除いてくださる智慧と慈悲の仏様。
けれど、今の私にとっての一番のご利益は、ここに来るとスッと背筋が伸び、ざわついた心が凪いでいくことそのものです。
一昨日の賑やかな境内でも、椅子に座れずとも感じたあの充足感。
自分をリセットし、また明日から穏やかに歩き出せる。
そんな「心の平安」を授けていただけることこそが、観音様からいただいている最高のご利益なのだと感じています。
5. まとめ:変わっていく手水舎と、変わらない春の約束
コロナ禍の間、六角堂の手水舎には柄杓(ひしゃく)がなく、代わりに色鮮やかなお花が浮かべられていました。
それはそれで目を楽しませてくれるものでしたが、一昨日訪れると、手水舎は元の姿に戻り、以前と同じようにお清めができるようになっていました。
当たり前の日常が戻ってきたことに、あの日々がどれほど特別な時間だったのかと、ふと当時を思い返します。
一昨日、私が見つめたあの固い蕾たち。
今日の京都は午後から雨の予報ですが、これはきっと桜の開花をそっと促す「催花雨(さいかう)」になるはず。一雨ごとに春の足音が大きくなっていくのを感じます。
最新の予想では、京都の桜は今週末の連休(3月21日〜23日)頃が見頃とのこと。 私の予感でも、御幸桜がその美しい薄紅色をいっぱいに披露してくれるのは、ちょうどこの連休になりそうです。
雨上がりの澄んだ空の下、いよいよ本格的な春が始まります。
皆さんもぜひ、一足早い春を探しに、六角堂へ足を運んでみませんか。
そこにはきっと、心が整うあなただけの「ご縁」と、美しい「桜」が待っているはずです。


コメント